ハリー・ポッターと賢者の石、原作小説と違っていて残念なところは? | 宝物のような場面とストーリーたち

ハリー・ポッターと賢者の石、原作小説と違っていて残念なところは?

映画は視覚がほとんど情報を決めます。見た目で印象が決まるわけです。

それに対して、小説は、自分でイメージを作って、自分の中で世界を膨らませることができます。

それだけでも違いますが、さらに、いろいろな事情で、原作と映画は違って当然なんですね。

この記事では、ハリー・ポッターと賢者の石で、小説と映画の違いの部分を少し考えて見ました。

Amazonプライムビデオ無料お試し登録
スポンサーリンク

設定そのものの違っていたりする

そもそも映像にできない時もある

例えば、俳優の特徴が小説と一致しない、というのは仕方がないでしょう。

例えば、ハーマイオニーは出っ歯、というのが小説の設定ですが、映画での俳優は、普通の顔です。これも色々と言われましたが、やはり自然な顔にするには、出っ歯にする方が不自然だったという話です。

原作ではハリーの目が母親にそっくりというのも、俳優の目の色が違うので、そうすることができなかったという話もあります。ダニエル・ラドクリフがカラコンで炎症を起こしたと言う話を聞きました。

賢者の石で際立つ違いの部分

仕方ないけど・・・

グリンデルバルドとダンブルドアの過去のこと
原作では、かつては仲の良かった2人が、ダンブルドアの妹アリアナの死によってグリンデルバルドが闇の世界へと足を踏み入れて、そのために、大きく変わってしまいます。

ところが、映画ではグリンデルバルド自体があまり登場しないのです。また、アリアナのエピソードはサイドストーリーのように扱われています。
ピーブスの存在
原作ではm、ポルターガイストの霊である、ピーブスが本筋にはあまり関与しませんが脇役としてよく登場しています。ハリーやロンがピーブスによって困らされるということも度々でした。

ところが、映画では、ピーブスの存在自体がカットされてしまっています。そう、映画全シリーズを通じて全く登場しません。

→→dTV 31日間無料お試しに登録する

楽しみ方は人それぞれ

それが原因で不満を言うだけは逆に残念

原作小説は、先ほども言いましたが、読む人に、ある部分委ねている部分があるのです。

読者は、自分でイメージを膨らませることができ、そこに独自の世界を構築して楽しめます。

それが原作の魅力だとも言えるのです。

しかし、映画は、視覚でほとんどの情報を伝える必要があり、そこには、見ただけだわかることや、場面から伝わること、といった映画ならでは要素が生まれます。

こういったことを前提として、原作と映画は存在しているのであり、そっくりにすることが全てじゃないのです。

その前提を受け入れることができずに、違う違うと言い続けても、もともとエンターテインメントは楽しむのが目的で、違いを指摘することが目的ではないと言うことでしょうか。

原作と違いをツイートから紹介

ナマの声にもいろいろ

「ハリーポッターと賢者の石」については、こちらもご覧ください。

ハリーポッターと賢者の石、ラストの結末を簡単に、手が消えたわけ?
映画「ハリー・ポッターと賢者の石」は、ハリーポッターシリーズの映画化の第1作目として、2001年映画化され、大ヒットしました。 ここから、ハリーポッターが始まったんですね。とても、感慨深くなります。 話はとても面白いので、簡単に...
ハリーポッターと賢者の石、金曜ロードショー、カットシーンが多すぎ!
今回の金曜ロードショー、なんと30分延長して放映されていたんですね。 9時から始まって、11時24分まで。 しかし、コマーシャルも含めると、実際の放映時間、原作の映画の時間2時間39分と比べても、短すぎます。 そう言うわけ...
ハリーポッターと賢者の石、ニコラス・フラメルは実在の錬金術師!
みなさん、錬金術って聞いたことありますね。中世の頃、金属を変化させて金を作ろうとした、人たちです。もちろん、現在の科学ではありえないとわかっていますが、当時は真剣にやっていたようです。 実は、ニコラス・フラメルと言う人物は、パリの出版...
タイトルとURLをコピーしました