この映画にはデヴィッド・ボウイの音楽が溢れている
『地球に落ちて来た男』が悲しいのは、主人公が歳をとらないからだ。実際には地球人よりはるかに遅く歳をとるという設定なのだが、とにかく映画の中のデヴィッド・ボウイは見事に歳をとらない。周りだけが変わって行く。その後に作られた『ハンガー』のバンパイヤ役も同様。あらゆるものの変化を見ることはできるがそれを止めることはできない不老ゆえの憂鬱が、映画全体を覆っていく。
しかもそのことが映画の中だけではなく、現実のデヴィッド・ボウイに重ねられる。原作があるにもかかわらず、あらかじめデヴィッド・ボウイという人がいたからこそ作られ得た映画なのではないかと思えるような、そんな時間と動機の倒錯の中に世界中の観客たちを巻き込んだ上でのこの憂鬱。古い音楽ばかりが流れる。それは単に懐メロとしてではなく、不老のまま未来をも生き抜く遥か未来の誰かが聞いた懐メロのように、過去からではなく未来から聞こえてくる。不老のボウイが主人公として、そしてそれゆえに限りなく本人に近い誰かとしてそこにいるがゆえに、あらゆる時間と空間が歪む。
デヴィッド・ボウイは自ら新しい何かを創造するというより、時間の流れや空間の広がりを捻じ曲げ貫き結びつけることで思わぬ何かと何かを出会わせてきた。そんな人だったと思う。日々更新され続ける永遠の「ヤング・アメリカンズ」なのだ。だから、『地球に落ちて来た男』の中で流れるロイ・オービソンの「ブルー・バイユー」やアーティ・ショウ「スターダスト」といった名曲は、デヴィッド・ボウイが彼らに作らせた曲のようにも感じる。あらゆる時代、あらゆる場所にボウイがいて、そこにいる誰かと結びつき、そこから何かが生まれる、というわけだ。
そんなボウイのもたらす強くねじれた視線を信じられるかどうか? 本人がこの現実世界にいなくなった今、ただそのことだけが問われているように思う。「ブルー・バイユー」を歌っているのはロイ・オービソンに憑依したデヴィッド・ボウイである。そんな視線でこの映画を見ると、語られているのとはまったく別の物語が見えてくるのではないか? この映画には現実のデヴィッド・ボウイの歌は一切使われていないが、しかしデヴィッド・ボウイの音楽にあふれているのだ。
そしてここにきてまるでアメリカの「現在」そのもののようにも見えてくるこの映画のアメリカと現実のアメリカを、そのねじれた視線で幻視する、そんな力技が求められているのだと思う。これは過去に作られた映画かもしれないが、まさに未来に向けて、そして未来の視線によって、いつかくるだろうその日のために作られた映画でもある。わたしたちはそれが今であることを知っている。
樋口泰人(boid主宰)
−−第45代アメリカ大統領が選出された日に−−
「デヴィッド・ボウイ」の誕生
2016年1月10日、この世を去ったデヴィッド・ボウイ。その2日前に69歳の誕生日を迎え、3年ぶりのアルバム『★(ブラックスター)』を発表したばかりだった。架空のロック・スター「ジギー・スターダスト」を演じることで世界的な大スターとなった彼は、それだけではなく、それぞれのアルバムでは常に自分ではない誰かを演じることで、「デヴィッド・ボウイ」となってきた。そんな彼でしかできない、「演出された死」と言いたくなるような、見事すぎる最期でもあった。
アメリカでの2枚のアルバム
そんなデヴィッド・ボウイが「ジギー・スターダスト」を葬り、アメリカに渡ったのが74年。アメリカでは『ダイアモンドの犬』『ヤング・アメリカンズ』の2作を立て続けに発表し、そしてすぐに撮影に入ったのが『地球に落ちて来た男』。当初、この映画のための曲も用意していたが、あくまでも俳優として、被写体としてのデヴィッド・ボウイを必要としていた監督のニコラス・ローグからの要請もあって、演技に全力を注ぐことになった。しかしそのためボウイは精神的なバランスを崩す。撮影後すぐに製作を開始した『ステイション・トゥ・ステイション』は、そのバランスの回復のため、『ヤング・アメリカンズ』と別方向から対をなすアルバムとなったと言われている。
宇宙人化する身体
映画の撮影は1975年7月から始まった。主な撮影場所はアルバカーキ、ホワイト・サンズ、フェントン・レイクなどニューメキシコ州の各地。11週にわたる撮影期間中、ボウイは薬物に依存しながら過ごしていたことを、後のインタビューで語っている。当時は自分が何をやっているか、わかっていなかったとも。だがもちろん、そんな不安定で、どこか覚醒した状態こそ、この映画の宇宙人の役柄に求められていたことだった。そしてその身体を見事にとらえたのは、『赤い影』(1973年)や『ジェラシー』(1980年)など、ニコラス・ローグ作品に欠かせないカメラマン、アンソニー・B・リッチモンド。まさに地球外から来た男の、悲しさを帯びたきらめく身体が、そこに映しとられている。
音楽
俳優に専念することになったデヴィッド・ボウイの代わりに音楽を担当したのは、ジョン・フィリップス。「夢のカリフォルニア」のヒットで知られるママス&パパスのリーダー的存在で、当時はすでにバンドは解散、ソロ活動を行っていた。同時期にローリング・ストーンズのミック・ジャガー、キース・リチャーズとのレコーディング作業も行っており、その縁があってか、本作のサウンドトラックにも、当時のストーンズのギタリスト、ミック・テイラーも参加している。また、日本人のパーカショニスト、ツトム・ヤマシタの音楽も使用。その他、劇中の挿入曲としてルイ・アームストロング「ブルーベリー・ヒル」、キングストン・トリオ「トライ・トゥ・リメンバー」、ロイ・オービソン「ブルー・バイユー」、ビング・クロスビー「トゥルー・ラブ」、そしてアーティ・ショウ「スターダスト」など、懐かしの名曲が印象的に使われている。
ニコラス・ローグ
監督のニコラス・ローグはロジャー・コーマンの『赤死病の仮面』(1964年)やフランソワ・トリュフォーの『華氏451』(1966年)の撮影監督としても知られる。初監督作品『パフォーマンス』(1970年)ではミック・ジャガー、『地球に落ちて来た男』の次作『ジェラシー』(1980年)ではアート・ガーファンクルを主演に迎えるなど、ミュージシャンの身体を映画の中心に置くことで、「映画」を作り変えてきた。俳優ではない「異物」としてミュージシャンたちの身体があることで、映画は不安定になり、そこに運動が生まれた。まさにこの『地球に落ちて来た男』の物語こそ、ニコラス・ローグの映画づくりそのものだったのだ。
2枚のアルバム・ジャケット
映画の完成後、デヴィッド・ボウイは「アラジン・セイン」「ジギー・スターダスト」に続く新たな人格を求め、「シン・ホワイト・デューク」を名乗り始める。それは『地球に落ちて来た男』の宇宙人ニュートンのイメージと重なり合うが、ボウイは、『ステイション・トゥ・ステイション』の後にアメリカを離れ、ベルリンへと拠点を移すことになる。そしてベルリンで製作されたのが『ロウ』。『地球に落ちて来た男』の後に製作された2枚のアルバムのジャケットは、ともに『地球に落ちて来た男』でのボウイ=ニュートンの姿が写されている。そのことはいかにボウイにとって『地球に落ちて来た男』の影響が大きかったかを物語るだろう。
Story
ある日宇宙船が地球に落下する。砂漠に降り立った宇宙人は、あまりに美しい容姿を持っていた。その後弁護士のもとを訪れた彼は、人知を超えた9つの特許を元に、弁護士とともに巨大企業を作り上げていく。アメリカのかつての大富豪、ハワード・ヒューズなどを思わせる、彼の奇妙な暮らしが始まり、彼は全米の注目の的となる。一体彼は何をしようとしているのか?彼は何者なのか? もちろんそんな彼の勢威を恐れる者たちもいた。彼の秘密の計画は思わぬ妨害を受け、彼の暮らしは一気に変わる。果たして彼は、故郷の星に戻ることができるのか…


『地球に落ちて来た男』The Man Who Fell To Earth
(1976年/イギリス/カラー/139分/デジタル/提供:京都みなみ会館、boid/配給:boid) 

製作:マイケル・ディーリー、バリー・スパイキングス
監督:ニコラス・ローグ
脚本:ポール・メイヤーズバーグ
原作:ウォルター・テヴィス
制作総指揮:サイ・リトヴィノフ
音楽監督:ジョン・フィリップス
制作:メイフェアー・プロダクション
撮影:アンソニー・B・リッチモンド 
出演:デヴィッド・ボウイ、リップ・トーン、キャンディ・クラーク、バック・ヘンリー
DAVID BOWIE IS ON RCA RECORDS AND TAPES 
© 1976 Studiocanal Films Ltd. All rights reserved
トーマス・ジェローム・ニュートン:デヴィッド・ボウイDAVID BOWIE
1947年、イギリス・ブリクストン生まれ。子供のころからアメリカのポップス、ブラック・ミュージック、そしてモダン・ジャズに親しみ、10代半ばで音楽活動を始める。後に『ハンキー・ドリー』(1971年)や『ジギー・スターダスト』(1972年)のアルバム・ジャケットを手掛ける画家のジョージ・アンダーウッドもこのころの仲間である。
1964年、ディヴィー・ジョーンズ・アンド・ザ・キング・ビーズ名義でシングル・デビュー。しかしヒットには恵まれず、66年に「デヴィッド・ボウイ」に改名し、翌年、最初のアルバムをリリースした。その後、短編映画に出演した際に舞踏家・パントマイマー・振付師のリンゼイ・ケンプに出会い、師事を受け、その後の「デヴィッド・ボウイ」の活動の基盤が出来上がる。69年には『2001年宇宙の旅』(1968年)をモチーフにしたセカンドアルバム『スペイス・オディティ』を発表、世界的なヒットとなる。『世界を売った男』(1970年)『ハンキー・ドリー』と続くアルバムで、盟友ミック・ロンソンとともにグラム・ロック・サウンドを確立し、72年の『ジギー・スターダスト』の大ヒット、そして1年半にも及ぶ長期のツアーによって、時代のアイコンとなる。このツアーでは、山本寛斎の衣装も取り入れられ、ボウイの日本趣味も顕在化していく。
ツアー終了後、ボウイは「ジギー・スターダスト」という人格を封印。アメリカに拠点を移し『ヤング・アメリカンズ』(1975年)を製作し、そして『地球に落ちて来た男』への出演となる。この作品で俳優としてのキャリアをスタートさせたボウイは、その後『ハンガー』(1983年/トニー・スコット監督)、『戦場のメリークリスマス』(1983年/大島渚監督)などの話題作への出演が続く。『ステイション・トゥ・ステイション』(1976年)と『ロウ』(1977年)という2枚のアルバムで、『地球に落ちて来た男』の場面写真をジャケットに使ったのは、そんな俳優としての出発点として、この作品がボウイのキャリアの中でいかに大きな位置を占めているかの表明でもあった。
「ジギー・スターダスト」の後、ボウイは架空のキャラクター「シン・ホワイト・デューク」を名乗ることになる。ナチズムを意識したそのキャラクターと言動は、激しい批判も浴びた。その後『地球に落ちて来た男』の頃から続く薬物依存の治療も兼ねて、ボウイはベルリンへと移住。『ロウ』、『英雄夢語り』(1977年)、『ロジャー』(1979年)という3作を発表し、「ヒーローズ」などの大ヒット曲を生む。
そして再びアメリカへ。アメリカではナイル・ロジャースをプロデューサーに迎えた『レッツ・ダンス』(1983年)を発表。それは、ブラック・ミュージックやソウルのファンなど、これまでのボウイ・ファンだけでない、幅広い人々から受け入られる大ヒットアルバムとなった。89年にはそれまでのソロ活動を封印、あらたに「ティン・マシーン」を結成して2枚のアルバムを発表する。91年のセカンド・アルバム発表後に大規模な世界ツアーを行うが、翌年の武道館でのライヴを最後に、バンド活動を停止。ソロ活動を再開することになる。
93年にはイマン・アブドゥルマジドと再婚、その後はナイル・ロジャースやブライアン・イーノなど、旧友をプロデューサーに迎えてのアルバムを製作、2003年の『リアリティ』までは意欲的にアルバムをリリースし続けた。しかし『リアリティ』後の世界ツアー中に大動脈瘤による胸部の痛みを発症、長期の療養、休養期間に入る。新作は2013年の『ザ・ネクスト・デイ』まで待たねばならなかった。そして2016年1月8日、69歳の誕生日には『★(ブラックスター)』を発表、斬新なアルバム・ジャケットとともにデヴィッド・ボウイの顕在を示したが、その2日後の1月10日、死去。
ネイサン・ブライス:リップ・トーンRIP TORN
1931年、アメリカ・テキサス州生まれ。アクターズ・スタジオにてリー・ストラスバーグの元で本格的に演技を学び、『ベビイドール』(1956年/エリア・カザン監督)の端役でデビュー。その後、ブロードウェイにてテネシー・ウィリアムズ戯曲『乾いた太陽』で1960年のトニー賞にノミネートされるなど舞台俳優としての評価を得て、自身の劇団なども含めブロードウェイ、オフブロードウェイで活動をする。映画では、『クロスクリーク(未公開)』(1983年/マーティン・リット監督)でアカデミー助演男優賞にノミネートされ、1988年に『ウーピー・ゴールドバーグの ザ・テレフォン(未公開)』にて監督デビューも果たす。近年も『メン・イン・ブラック』(バリー・ソネンフェルド監督)シリーズでの捜査官役など、ドラマからコメディまで様々な役を演じている。女優のシシー・スペイセクは従姉。
メリー・ルー:キャンディ・クラークCANDY CLARK
1947年、アメリカ・オクラホマ州生まれ。18歳の時にNYに渡りモデルとして活動していたところジャック・ニコルソンの目に止まり、1972年にジョン・ヒューストン監督の『ゴングなき戦い』で女優デビュー。翌年に出演したジョージ・ルーカス監督の青春映画『アメリカン・グラフィティ』で、アカデミー助演女優賞にノミネートされた。TVシリーズでの出演も多く、その他の映画作品に『ブルーサンダー』(1983年/ジョン・バダム監督)、『ブロブ/宇宙からの不明物体』(1988年/チャック・ラッセル監督)、『バッフィ/ザ・バンパイア・キラー』(1992年/フラン・ルーベル・クズイ監督)、『ゾディアック』(2007年/デヴィッド・フィンチャー監督)など。『地球に落ちて来た男』の撮影中はニコラス・ローグ監督と恋仲にあり、デヴィッド・ボウイの体調不良の際には帽子で顔を隠して代役を演じている。
オリバー・ファーンズワース:バック・ヘンリーBUCK HENRY
1930年、アメリカ・ニューヨーク州生まれ。母親のルース・テイラーはサイレント映画女優であった。1960年代から俳優、脚本家、監督として活躍し、メル・ブルックスとともにテレビドラマシリーズ『それ行けスマート』の原案及び脚本を担当。またコメディアンとして『サターデイ・ナイト・ライブ』へも出演している。1967年の脚本作品『卒業』(マイク・ニコルズ監督)、1978年にウォーレン・ベイティと共同監督した『天国から来たチャンピオン』でアカデミー賞にノミネートされている。その他の脚本作品に『キャンディ』(1968年/クリスチャン・マルカン監督)、『誘う女』(1995年/ガス・ヴァン・サント監督)、キャラクター原案に『ゲット・スマート』(2008年/ピーター・シーガル監督)など。
ニコラス・ローグNICOLAS ROEG
1928年ロンドン生まれ。10代で撮影所に。『アラビアのロレンス』(1962年)などの第二班撮影監督などを経て、ロジャー・コーマンの『赤死病の仮面』(1964年)やフランソワ・トリュフォーの『華氏451』(1966年)などの撮影を務めた。監督デビューは1970年。ドナルド・キャメルと共同で監督し、ミック・ジャガーが故ブライアン・ジョーンズの恋人アニタ・バレンバーグと共演した『パフォーマンス』。そして翌年には単独での監督作『美しき冒険旅行』を発表した。この2作とも、ローグは撮影監督も務めている。そして3作目の『赤い影』(1973年)でのフラッシュバックを多用しながらの語り口は、後の映画にも大きな影響を与えたが、日本での初公開は77年の公開の『地球に落ちて来た男』の6年後の83年のことだった。その後は、『ジェラシー』(1980年)、『マリリンとアインシュタイン』(1985年)などの話題作を発表するが、日本での長編劇場公開作は、87年の『トラック29』が最後で、その後はビデオスルーやテレビ放映のみとなっている。私生活では『ジェラシー』以降のローグ映画のミューズであるテレサ・ラッセルと結婚したが、その後離婚。『美しき冒険旅行』にも出演した息子のリュック・ローグは、映画製作者としてデヴィッド・クローネンバーグの『スパイダー/少年は蜘蛛にキスをする』(2002年)やリン・ラムジーの『少年は残酷な弓を射る』(2011年)などに関わっている。

フィルモグラフィ(劇場用作品、TVM監督作)
Puffball(2007)<未公開>/サムソンとデリラ (1996) /Two Deaths(1995)<未公開>/真・地獄の黙示録 (1993)/コールド・ヘブン/悪夢の再会 (1992)/ジム・ヘンソンのウィッチズ (1989)/エリザベス・テイラー/七年目の愛情 (1989)/トラック29 (1987)/アリア (1987)/ 漂流者/2人だけの島 (1986)/マリリンとアインシュタイン (1985)/錆びた黄金 (1982)/ジェラシー (1980)/地球に落ちて来た男 (1976) /赤い影 (1973) /美しき冒険旅行 (1971)/パフォーマンス (1970)
※映画製作年はBFI(ブリティッシュ・フィルム・インスティテュート)のプロフィールを参照、テレビシリーズの監督作は省いた
マイケル・ディーリー(製作)MICHAEL DEELEY
1932年ロンドン生まれ。編集アシスタントとして20歳の頃映画界に入り、ジャック・タチやダグラス・フェアバンクス・ジュニアなどの下につく。1956年にピーター・セラーズ主演の短編作品『The Case of the Mukkinese Battle-Horn』をプロデュース。以降、プロデューサーとしてのキャリアを重ね、『大列車強盗団』(1967年/ピーター・イエーツ監督)、『ミニミニ大作戦』(1969年/ピーター・コリンソン監督)などのヒット作を手掛ける。1973年には『地球に落ちて来た男』の製作会社でもあるブリティッシュ・ライオン・フィルムの社長に就任、同社ではニコラス・ローグの『赤い影』(1973年)や『ウィッカーマン』(1973年/ロビン・ハーディ監督)などが製作された。同社はその後EMIに売却、ディーリーはEMIの社長として、1978年には『コンボイ』(サム・ペキンパー監督)、『ディア・ハンター』(マイケル・チミノ監督)を製作、1982年には世界的な大ヒット作『ブレードランナー』(リドリー・スコット監督)を製作した。80年代半ば以降は数多くのテレビ作品を製作している。
バリー・スパイキングス(製作)BARRY SPIKINGS
1939年、イギリスのリンカンシャー生まれ。新聞社勤務を経てエンタテインメント業界に入り、『地球に落ちて来た男』のほか、マイケル・ディーリーとは『コンボイ』『ディア・ハンター』などを共同製作する。その後、自身の製作会社を設立し、『ラスト・ショー2』(1990年/ピーター・ボグダノヴィッチ監督)や『ビルとテッドの地獄旅行』(1991年/ピーター・ヒューイット監督)などを製作している。最新作はマーク・ウォールバーグ主演の『ローン・サバイバー』(2013年/ピーター・バーグ監督)。
ポール・メイヤーズバーグ(脚本)PAUL MAYERSBERG
1941年、イギリスのケンブリッジ生まれ。ジョセフ・ロージーなどのアシスタントとしてキャリアをスタートし、同時に、雑誌編集者、批評家としても活動。脚本家としては、1972年の『シッダールタ』(コンラッド・ルークス監督)のアシスタント・ライターなどを経て、『地球に落ちて来た男』ではメインのシナリオライターとしてクレジットされた。その後ニコラス・ローグとは、『錆びた黄金』『漂流者/2人だけの島』で組んでいる。その他、デヴィッド・ボウイも主役のひとりとなる『戦場のメリークリスマス』(1983年/大島渚監督)などがある。
アンソニー・B・リッチモンド(撮影)ANTHONY B. RICHMOND
1942年、イギリス、ロンドン生まれ。15歳の時、メッセンジャー・ボーイとして映画界に入る。1964年、『栄光の丘』(1966年/ダニエル・マン監督)の製作の中で、同じくスタッフとして参加していたニコラス・ローグと知り合う。カメラマンとしては、ジョン・シュレシンジャーの中編などを経て、ベイジル・ディアデン監督『Only When I Larf』(1968年)で長編デビュー。以降『ワン・プラス・ワン』(1968年/ジャン=リュック・ゴダール監督)、『ビートルズ/レット・イット・ビー』(1970年/マイケル・リンゼイ=ホッグ監督)、『インディアン・ランナー』(1991年/ショーン・ペン監督)などの撮影を務めた。ローグ作品は本作のほか、『美しき冒険旅行』『赤い影』『ジェラシー』『真・地獄の黙示録』に参加している。
ジョン・フィリップス(音楽監督)JOHN PHILLIPS
1935年、アメリカ、サウスカロライナ州生まれ。1950年代から音楽活動を始め、スムージーズ、ジャーニーメンを経て、1965年にママス&パパスを結成。バンドはデビュー曲「夢のカリフォルニア」そして「マンデー・マンデー」と世界的な大ヒットを記録したが、内紛が絶えず、68年には活動停止。翌年ジョンはソロアルバムを発表するが売れ行きは低調で、同時にドラッグへの依存度が増していく。『地球に落ちて来た男』の際にはその極限にも達していて、同時進行で動いていたキース・リチャーズやミック・ジャガーのプロデュースによるアルバムの製作も停滞、録音テープも紛失し、そのアルバム『Pay Back & Follow』が世に出たのは、ジョンの死後、2001年のことだった。ジョンは80年代にドラッグ中毒から復帰、82年にはママス&パパスも再結成して音楽活動に復帰したが、2001年に心臓疾患のため死去した。
ウォルター・テヴィス(原作)WALTER TEVIS
1928年、アメリカ、サンフランシスコ生まれ。1959年に長編デビュー作『ハスラー』を発表。翌々年にはポール・ニューマン主演で映画化され(ロバート・ロッセン監督)、86年にはその続編『ハスラー2(原題:The Color of Money)』(1984年)もニューマン&トム・クルーズ主演、マーティン・スコセッシ監督で映画化されるなど、世界的には小説よりも映画で知られるようになった。『地球に落ちて来た男』(1963年)は2作目の長編。その後、作家活動を中断して大学教授に。70年代末に作家活動を再開し、『モッキンバード』(1980年)、『ふるさと遠く』(1981年)などを発表したが、84年に死去。
地域 劇場名 電話番号 公開日
水戸 CINEMA VOICE 029-239-5727 1/9(月)〜1/14(土)
東京 シネマート新宿 03-5369-2831 1/7(土)〜1/13(金)
高崎 シネマテークたかさき 027-325-1744 1/7(土)〜1/13(金)
横浜 横浜シネマリン 045-341-3180 1/7(土)〜1/20(金)
新潟 シネ・ウインド 025-243-5530 1/7(土)〜1/13(金)
松本 松本CINEMAセレクト上映会 0263-98-4928 1/8(日)〜1/10(火)
浜松 CINEMA e_ra 053-489-5539 1/7(土)〜1/13(金)
金沢 シネモンド 076-220-5007 1/7(土)〜1/13(金)
名古屋 名古屋シネマテーク 052-733-3959 1/10(火)〜1/13(金)
京都 京都みなみ会館 075-661-3993 1/7(土)~1/20(金)
大阪 シネマート心斎橋 06-6282-0815 1/7(土)〜1/13(金)
神戸 神戸アートビレッジセンター 078-512-5500 1/7(土)〜9(月)
豊岡 豊岡劇場 0796-34-6256 1/10(火)〜1/15(日)
広島 横川シネマ 082-231-1001 1/8(日)〜1/14(土)
尾道 シネマ尾道 0848-24-8222 1/10(火)
松山 シネマルナティック 089-933-9240 1/7(土)〜1/13(金)
佐賀 シアター・シエマ 0952-27-5116 1/14(土)~1/20(金)
大分 シネマ5bis 097-536-4512 1/10(火)
熊本 Denkikan 096-352-2121 1/7(土)〜1/13(金)
宮崎 宮崎キネマ館 0985-28-1162 1/10(火)
鹿児島 ガーデンズシネマ 099-222-8746 1/7(土)〜1/10(火)
沖縄 桜坂劇場 098-860-9555 1/7(土)〜未定
神戸 爆音映画祭 in 神戸 2016 078-512-5500 終了
東京 ユーロスペース 03-3461-0211 終了
神戸 神戸アートビレッジセンター 078-512-5500 終了
長野 星空の映画祭2016   終了
山口 YCAM爆音映画祭2016 083-901-2222 終了
東京 角川シネマ有楽町 03-6268-0015 終了
広島 シネツイン 082-241-7711 終了
横浜 シネマ・ジャック&ベティ 045-243-9800 終了
広島 シネマ尾道 0848-24-8222 終了
水戸 水戸短編映像祭   終了
福井 福井メトロ劇場 0776-22 -1772 終了
福岡 爆音映画祭 in 福岡 2016   終了