雨に唄えばのあらすじとラストの結末、雨の中のジーン・ケリーの踊り! | MITU-Screen

雨に唄えばのあらすじとラストの結末、雨の中のジーン・ケリーの踊り!

ミュージカル映画『雨に唄えば』は1952年にアメリカで公開されました。

今でも、ミュージカル映画といえば、『トップ・ハット』『バンド・ワゴン』『巴里のアメリカ人』などと並んでベストの第1位に挙げられるくらいの作品です。

サイレント映画からトーキー映画に移る時代を描いたコメディ・バックステージ・ミュージカルで特にジーン・ケリーが雨の中で歌いながらタップダンスを踊る場面は、映画史に残る名シーンです。

タイトルナンバーはこの映画の前にも後にもMGMの映画で使われ、ジュディ・ガーランドなど多くのスター達が歌っています。

この記事では、映画のあらすじとラストの結末、ジーン・ケリーの踊りなどを紹介しています。

古い作品ですが、とてもハッピーな気分にさせてくれる名作だと思います。

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映画のあらすじ

ドンとキャシーの恋

無声映画からトーキーに移行し始めた頃のハリウッドが舞台となっています。

人気スターのドンとリナは何度も共演し結婚を噂される間柄でしたが、ドンはすっかり調子に乗った態度のリナに愛想を尽かしていました。

そんなある夜、ドンは歌も踊りも上手い新進女優キャシーと恋に落ちます。

その後、ドンとリナの新作がトーキーで製作されることになりましたが、リナの致命的な悪声のために不評を買ってしまいます。

そこでドンはリナの声をキャシーに吹き替えて製作することを思いつきました…。

ラストの結末

ドンの素晴らしいパフォーマンスと演出によって、撮り直しは順調に進みます。

そして、無事撮影は終了したかに見えたのですが、吹替のことを知ったリナが現場へ怒鳴り込みます。

そして、契約違反という名目で社長を脅迫して、キャシーを自分の専任吹替にしてしまって、表舞台へ出られないように仕組もうとします。

映画の試写会で、ドンとリナのパフォーマンスは拍手喝采を受けます。

そして、調子に乗ったリナが自らステージ上でスピーチを行ったとき、スクリーンの声と違うことを怪しまれます。

そして、観客から生で歌うように迫られます。そして、ドンと社長は生意気なリナを陥れようとあることを思いつくのです。

やがて、リナに歌っているフリをさせます。そして、カーテンを開けると、なんと、背後で歌うキャシーの姿が現れ、観客は大爆笑します。

これによってリナの実態が白日の下に晒されてしまうのでした。

そして、キャシーの才能の素晴らしさが認知され、陰になってドンへの協力を惜しまなかった努力が報われるのでした。

監督とキャスト

ジーン・ケリー

生年月日:1912年8月23日 出身地:アメリカ/ペンシルヴェニア州ピッツバーグ

主人公のドンを演じたのはジーン・ケリーです。

戦後最大のミュージカル・スターと言われています。

8歳の頃からダンス・レッスンを受け、カレッジではジャーナリズムを学びました。

しかし大恐慌が元で学校を辞め、兼業をしながら兄と共にタップ・ダンスのコンテストに出場していました。

家族でダンス・スクールを経営していましたが37年にNYへ移動します。

そこでダンス教師を始めましたが、翌年ブロードウェイのコーラス・ダンサーとしてデビューします。

42年、MGMに認められジュディ・ガーランドの相手役として「For Me and My Gal」で映画デビューを果たしました。

本格的に活躍を始めたのは戦後ですが、49年の「踊る大紐育」の頃から独自のミュージカルを表現し、「巴里のアメリカ人」、本作「雨に唄えば」では人気を博しました。

更に、監督・脚本・振り付けまでもこなすマルチな才能も発揮しました。

その後「舞踏への招待」ではモダン・バレエの要素を取り入れ、ミュージカル映画を芸術の域まで高めるなど、大きな功績を残しました。

私生活ではベッツィ・ブレアとは41年に結婚して一女をもうけましたが57年に離婚しました。

その後60年に振付助手だった女性と再婚して二児をもうけましたが73年に死別しました。90年にパトリシア・ウォードと再婚し、96年にこの世を去りました。

スタンリー・ドーネン

生年月日:1924年4月13日 出身地:アメリカ/サウス・キャロライナ州コロンビア

ジーン・ケリーと共に本作品の監督を務めたのは、スタンリー・ドーネンです。

7歳からダンスのレッスンを始め、40年にジーン・ケリーの舞台でコーラス・ボーイをやったことがきっかけで、ケリーの作品の振付け助手・コーラス担当としてMGMに入社しました。

ミュージカルの振付けを経て、49年の「踊る大紐育」でケリーと共同監督を行い監督デビューを果たします。

以後、「雨に唄えば」「掠奪された七人の花嫁」などMGMのミュージカル黄金期を担いました。

「シャレード」や「アラベスク」などサスペンスものも得意でしたが、79年のSF作品「スペース・サタン」の頃には往年の名演出は既に影を潜めてしまいました。

私生活ではマリオン・マーシャルやイヴェット・ミミューなど、3度の離婚経験がありました。19年2月に心不全で他界しました。94歳でした。

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素晴らしい音楽

MGMのミュージカル作品を象徴する曲

本作品の主題歌「Singin’ in the Rain」は、アーサー・フリード作詞、ナシオ・ハーブ・ブラウン作曲によるポピュラーソングです。

1929年公開のMGM作品『ハリウッド・レヴィユー』で用いられ、「ウクレレ・アイク」ことクリフ・エドワーズが歌って以来、スタンダード・ナンバーとなりました。

また『ザッツ・エンターテインメント』の冒頭でこの曲が紹介されるなど、MGMのミュージカル作品を象徴する曲としても知られています。

見どころと感想

ハッピーな気分になれる映画

主人公のドンが歌って踊るシーンは劇中に何回も盛り込まれているのですが、やはり雨の中で踊る有名なシーンは一番印象的ですね。

降りしきる雨の中で、あんなにリズム良くタップダンスを踊れるなんてすごいです。よっぽど練習したんだろうなぁと思って眺めました。

歌もとても上手ですし、やはり天才的な俳優だったのでしょう。

リナが舞台で歌い、裏側でキャリーが歌うシーンも面白かったです。幕が上がってしまって、キャリーが吹き替えで歌っていることがバレてしまい、観客は大笑いするのですが、

その後、ここぞとばかりに主人公がキャリーを宣伝し、キャリーが涙するシーンは感動的でした。

売れない中、頑張っていたキャリーでしたが、憧れの人に自分を宣伝してもらえて、さぞ嬉しかっただろうなぁと思います。

観た後にとてもハッピーな気分になれる映画でした。

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